Bozzi (ボジ)こと本田嘉津也氏について
- July 01, 2007
- カテゴリー:kurid
最近、Bozzi ( ボジ )こと本田嘉津也という人が某所で話題になっているようです。
僕 ( 草間 )は本田君と2年ほど前から断絶状態ですが、それ以前に僕が彼を呼んだ仕事の内容について、
未だによく問い合わせがあります。そのため、僕の関わった本田君の事実関係を改めて公のものにして
おいた方が良いと感じましたので、こうしてブログ上でお知らせしておきます。
1) GLAY x EXILEに関して
まず2005年に発表されたGLAY x EXILEのコラボ「Scream」のレコーディング(以下Rec)についてです。
僕は2000年頃から時折GLAYのRecに参加していまして「Scream」のRecもその流れで話が来ました。
Recに入る前のプリプロ(以下PrePro)、初日はGLAYのプライベートスタジオに行き、そこでGLAY、
EXILEのメンバー達と僕で曲の原型を作りました。
しかしこの初日、色々な機材を操作するのが僕一人だったので、トイレに行く暇もないくらい大忙しでした。
そこでPrePro二日目(2/22)から僕のアシスタントとして本田君に来てもらいました(場所は同じくGLAYの
プライベートスタジオです)。彼には主にProToolsを操作してもらいました。シンセの音色を作ったり、
フレーズを打ち込んだりという作業は僕がしました。
その約一週間後(3/2)に、またGLAYのプライベートスタジオに彼を連れて行きました。
予定ではPreProだったのですが、急遽メンバー達は来なくて、僕がそこまでの音をラフでミックスしました。
そんな感じだったので特に本田君にお手伝いしてもらうこともなかったのですが(この日についてはギャラも
発生していません)、せっかく来てるのにただ見てるだけじゃ悪いかなと思って、コーラスなどのEQ処理を
ちょっとやらせました。でもこのコーラスも後日、横浜のランドマークスタジオで別のエンジニア(ジョッ
シュというアメリカ人です)が録り直していますので、本田君の作った音は最終的なマスターに影響してい
ません。
また、この日の作業終了時にラフミックスのCD-Rを焼きました。このときに本田君にも「欲しい?」と言っ
て渡しました。ラフミックスを聞かされたとの報告がありますが、それはこのような経緯で彼の手元に入っ
たものです。
後日、またPrePro(3/23,29)に本田君を連れて行き、アシスタントをしてもらいました。
彼のGLAY x EXILEに関する仕事は以上です。この後、上にも書いたランドマークスタジオで本チャンの
Recが行われました。本田君のいたPrePro時に作った音色などもいくつかは生き残ってますが、それらは
僕と原田さん、そしてメンバー達によるもので、本田君の作った音というのは全くありません。
また「Scream」のプロデュース、アレンジについでですが、GLAY、EXILEのメンバー達、そしてavexの
原田憲さんがやっています。一部の人から「俺(本田)がプロデュースしてる」と言われたとの話を聞きま
したが、そういう事実は一切ありません。
説明が長くなりましたので、まとめておきます。GLAY x EXILEのレコーディングにおいて本田君の役割、
CDのクレジット表記を書くとしたら「PrePro時のアシスタントエンジニア」が最も適切だと僕は思います。
2) Apogeeに関して
これも2005年の話ですが、ApogeeというバンドのPrePro、Recにも本田君を呼びました。PreProでの
彼の仕事はGLAY x EXILEの時と同様、僕のアシスタントとしてProToolsの操作でした(5/4〜6)。
またRecの時にもドラムテックとして来てもらいました(5/19〜21)。ドラムテックというのはドラムの
チューニング、キット選び(スネアはどうする?等々)のアドバイスなどを行います。ただ、音質的な好み
などの決定権はApogeeメンバーが持っていました。
以上が本田君のApogee関連での仕事の全てです。
3) EXILE, 倖田來未に関して
僕はEXILEのrecは今年の春のアルバムでちょっと呼ばれただけですし、倖田來未さんrecには全く関わって
おりません。なので本田君がどういう仕事をしたか、というのは正確にはわかりません。でもこの辺につい
ても話題and憶測が飛び交っているので、僕の知っている限りの情報を「参考」として記しておきます。
の方のペンネームであり、グループ名ではありません。
そうです。これは僕が本田君本人から聞きました(録音もあります)。なので、彼はよく「EXILEのアレンジを
している」と言ってるそうですが、それは事実に反すると思います。
機会がありましたが、その方は本田君の事を全く知りませんでした。その頃はまだ本田君とは連絡はとり
あっていたので、この話をしたところ「ああ、僕はプロデューサー(あるいはアレンジャー?)から下請け的に
やってるからavexの人は知らないと思います」と言っていました。
しかし、本田君は周りの人に倖田來未recでもプロデュースやアレンジ、そして指揮までやったとか言ってい
るそうです。ディレクターであるT氏がRec作業でそれほど重要なポジションを占める人間を全く知らないと
いう事は僕の経験上ありえません。
4) Tessoに関して
彼がやっているバンド、tessoですが、僕は2004年から2005年にかけてRecを手伝いました。この辺の事
も明記しておきます。
当初、僕は次のミニアルバム(4曲)を録るのに向けてその曲のプロデュースをしようと思っていました。と
はいえ、tesso自体でお金の運営が回っている(利益が出ている)わけでなく、経済的には完全なアマチェア
バンドなので、アレンジや録音のエンジニアリングもすべて無料でやりました。DsのRecは本田君の京都の
実家まで行って録ってきました(交通費もそれぞれ自腹です)。でも実家の方には泊めていただいたり食事
など大変お世話になりまして、Ds Rec終了後に、わずかばかりのお礼を送らせて頂きました。
Ds Rec後、僕は「27.5」という曲のシンセパートを作りましたが、その他の楽器、Voのrec、アレンジには
関与していません。また、tessoメンバーともコンタクトをとっていません。
なぜ途中でやめたかと言いますと、僕が忙しくなってしまったのに加え、彼らの進み具合が遅く、この状態
ではtessoを僕が仕事として軌道に乗せていくのは無理と判断したからです。
5) 知り合ったきっかけは?
(2007, 7/14追記)
僕と本田君が知り合ったきっかけについて教えて欲しいと言われましたので追加で書いておきます。
2002年のDigidesign主催のDigiworldというイベントで、僕はDigidesignから依頼を受けてセミナーを
しました。その時に本田君から「ぜひセミナーに行きたいのですが、予約などはできるでしょうか?」という
メールを頂いたのが一番最初のコンタクトだったと記憶しています。
僕が公にしたい事は以上です。
ちなみに現在、本田君とは全く連絡をとっておらず、そして今後も僕の仕事に呼ぼうとも思っていません。
僕らの仕事は有名人と一緒に仕事をすることがよくありますが、そういった話を軽はずみにしてはいけない
のは当然です。僕も若い頃に某事務所の方からお叱りを受けたことがあります。
本田君の場合、それを安易に話すだけでなく、いつの間にか話を大きくしてしまう誇大表現癖があるよう
です。僕は本田君に直接電話し「そういう軽口はやめてくれ」と忠告しましたが、今年に入ってからも上に
書いたような嘘を方々から耳にするし、またそれについて僕に問い合わせも多いので、こうして真実を公表
することにしました。
2007, 7/14追記:
この記事で何か事実と違う点がありましたら、遠慮なく僕に連絡してきてください。
もちろん本田君からの連絡もお待ちしています(現時点では僕に対して何の連絡もありません)。
以上